Jolly Roger

にかほ市象潟にあるpool bar&ライブスポット”Jolly Roger”象潟駅前徒歩2分

TEL:0184-43-5227

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オー!ゴット! 原宿ストーリー 3

OH !GOD と社長、ガンさんは本当に伝説と言うか逸話が絶えない。

その昔、あまりの暴れん坊のガンさんに、昔の◯◯仲間で現、超大手音楽プロダクション◯◯社長が、アメリカのロックバンドKISSの初来日の興行権を譲り、その莫大な利益で、起こしたのがOH!GODの始まりと聞いた。

なんと、小学生の頃、TVでその時のKISSの映像を見たのが、俺のロックファーストインパクトだったからビックリ!

スゲエ!KISS!今だ現役ですよ♪

エアロスミスが来日した時もギターのジョー・ペリーが家族でクロコに遊びに来ました!そこで親父さん、胴着に着替えて子供に居合見せたりしてました。

本当にもてなしが凄い。誰が遊びに来ても皆さん、恐縮して帰られます。

いや、親父さんのネームバリューだけじゃないですよ。 知らないでご来店する大物芸能人も多数おられました。ジャニーズなどのアイドルもよくお忍びで。

いつだったか、矢沢永吉さんが、武道館のライブの打ち上げでメンバー、スタッフ引き連れて来られました。スタッフが電話受けて、「店長!大変です!」って。

やっぱり、E.YAZAWA  物凄いオーラですよ!

印象的なのは、メンバーやスタッフを奥のソファーに座らせて、矢沢さんは他の一般客と1メートルも離れていない小さい席に座ってたことですね。

やっぱり、もてなしなんですね。矢沢さん、ご機嫌でクエルボ・ゴールド飲んでましたよ。

実名挙げれない話も結構あります。〝塀の中の◯◯面々〟の話とか、親父さんけっこう怒ってました。(楽しそうに。)

まあ、うれしいハプニングもけっこうあったんですが、困ったのはいつも突然 やってくるんで気が抜けないことでしたね。

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オー!ゴット!原宿ストーリー 2

俺、最初からキッチン希望で入ったんだけど、どうしても入れてもらえなかったんだよね。

親父さん(社長)が君はホール向きだからって

カウンターの中と接客が俺の主な仕事になった。

とても親父さんには逆らえないとゆうか、「何?俺の言うこと聞けないの?」って凄まれると、ハ、ハイって言うしかなくて。

いや、普段はホント優しい方なんですよ!ただ、こうだって時の迫力が凄い!

そして、1年が経つ頃にはやはり親父さんの一言で遅番の店長に。

遅番は夜9時から朝6時までの仕事だったんだけど、体が慣れると別に大変な事もなかった。ただ若いアルバイトの子が、たまに眠さで映写機の操作をトチる。

あ、たまに俺も。

親父さんの人脈の多さは、たまに思わぬハプニングを呼んだ。

親父さんとは古くからの深い関係らしく、安岡力也さんがまだ小さい息子さんとよく食事をしにいらっしゃいました。

「親父、呼べるか?」

「只今、留守にしておりまして、申し訳ありません。」

「ああ、わかった。よろしくな。」

テレビで見るイメージとは違い、とても優しい感じの方でした。

店が終わりスタッフ達と店の掃除をしていた時、今度は突然内田◯也さんが、かなり酔った感じで入店してきた。

もう閉店ですので、なんて理屈は通りそうにない。

已む無く、テーブルに通したのだが

「ガンさんを呼べ!」

時間も時間なので、それは無理です。と丁重に御断りしたのですが . . . .

「コノヤロウ!」「◯△◯△◯△◯△◯!」

そんな事も何度かありました。

外に出ると、太陽がやたら眩しかったな。

 


オー!ゴット!原宿ストーリー 1

東京原宿と青山を結ぶ表参道、ちょうど表参道ヒルズ(当時はまだなかったが。)から道路を渡って少し狭い通りを入ったどんつきに、赤茶色の煉瓦造りのビル。その地下1階にあるレストランは、まるで東京のパワースポットのような空間だった。

原宿ムービーレストラン OH! GOD。店内に入るとアメリカンな雰囲気にビリヤード台が2台。その奥は薄暗いホールに鏡張りのカウンターだけが眩しいくらい輝いていた。そのアンバランスにも見える店内は、よく見ると壁にマンハッタンの夕暮れの街と、やたらと高い天井には星屑の見事なグラフィック。スタッフもどこか不思議な雰囲気を漂わせている。

この店を紹介してくれたのは、大阪の兄貴分、ブルさん。彼も不思議な縁でこの店の社長と知り合い、1年前から系列のクロコダイルというライブハウスで働いていた。

ブル兄、「親父に話しといたから。きっとお前、親父を気にいるで。」上京初日に面接をセッティングしてくれた。俺はカウンターに座り、少し緊張しながらオーナーを待った。

ほどなく、レストランの店内に犬の吠える声?

そして薄茶色の雑種と思われる犬と現れたのは、小柄ながら、ムキムキの身体。薄い髪の後ろ毛を束ねた60代位の男で、店内に入るなりカウンターにどかっと座ると、女性スタッフに冷たい水を注文した。

薄暗い中にサングラスをかけていて表情は良く見えないが、なんとなく微笑んでいるようにも見え、それでいてすごい威圧感だ。

俺はすぐにこの人が社長だと思い、立ち上がってあいさつをした。

しかし、少し耳が遠いらしく俺の言葉を隣にいるブルさんが耳元で通訳のように伝えていた。

あいさつが終わると、社長のはからいで、カウンターから次々と食事やつまみが運ばれてきた。

社長の最初の強烈な一言。

「いい飯食わないと、いいクソがでないんだよ!」

「.  .  .  .  .  .  .  。」

突然店内の照明が落ち、店内の1番奥の巨大スクリーンの幕がゆっくりと開くと、なんと爆音で映画が上映され始めた。

その一見レトロにも思える暗い店内で、映画館なみの本格的な映画を鑑賞しながら食事を楽しめるレストラン。OH!GOD。創業は、1977年だ。

俺は、今まで見た事もない画期的過ぎる店と社長の強烈すぎるキャラクターに、今後の俺の人生の新たな展開を感じ、東京に来たことに満悦した。

そして、社長、原宿のガンさんと呼ばれる男の壮絶な武勇伝と、ウソでしょ。ってくらいの伝説を、イヤと言うほど思い知る事になる。

もちろん、俺にとっても刺激的で2度と味わう事はできないであろう、3年間が始まった。

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大阪、東京とお世話になった鈴木さん。(ブル)


大阪ストラット 8

やっぱ、大阪人の底抜けの明るさはハンパない。

皆、大阪を離れたくないのがわかる。

本気で喧嘩してても冗談にもみえるし。それでちょっとするとお互いガハハと笑ってる。

さっき出会ったばかりの人が、もう何年も前から付き合ってるかのようだ。

大阪ストラット。愛して止まない大阪の街。仲間。思い出。

その後、また東京を経て俺は秋田に戻り、10年がたった頃、

俺のとても大事な人が、突然死んだとの連絡がきた。

半年前にある病気と聞き、彼を見舞って大阪で会ったばかりだった。

そしてお互いの健康を願って夜のミナミで別れたのが、最後になってしまった。

追悼の場で、俺は人目を憚らず泣いた。

すると、半年前に初めて会った、故人の友人のバーのオーナーから「兵藤くん、今日は涙ながしたら、あきまへんで。」と言われた。

確かに、悲しくないはずはないのに、泣いてる人などどこにもいない。

むしろ、久しぶりの仲間との再会に喜んでいるようだ。

追悼ライブから打ち上げまで、しんみりした雰囲気などどこにもなかった。

気がつくと早朝、ブルさんと、ヨースコーさんと俺は吉野家で3人で牛丼食ってた。

居酒屋で朝まで一緒だった、他の人達の事などまったく気にしてもいない。

これが大阪なんだ。俺は少し救われたような気持ちになった。

「みんな、上手くやれよ。元気だったらまた会おうぜ。」

大阪の街がそう言っていた。

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写真はゲジさんより拝借。

 


大阪ストラット 7

遊ぶにはお金がかかります。バイクにもお金が かかります。(修理代)

さあ、 それじゃお仕事編。

まずは、東京時代のコネでサンダル屋の問屋。営業マンが東京で取った注文を大阪の倉庫から出荷するお仕事ですが、お正月に社長の家に呼んでもらったり、なんと!社員旅行がワイハーだったりと  、ホントお世話になりました。この場を借りて、御礼申し上げます!!

深夜の出前のバイト。電話で注文を受けて、それをスタッフが作り、俺がミニバイクで配達する。周りは1人暮らしのマンションだらけで結構朝まで走りっぱなし。

特に深夜なもので、配達先が暴◯団事務所だったり、マンションのあちこちからカップルの仲の良い声が漏れてきたりと、退屈しませんでしたね。

ミナミの深夜喫茶。お客さんの7割がホステスさんか、その業界のひと。後にその紹介でぼくもミナミの夜の世界にデビュー。

そして、とうとうお金の為に魂売りましたよ。笑

髪の毛を黒く染め、黒いスーツにベルサーチのネクタイ。

ミナミで3本の指に入ると言われる高級クラブで、雑用とボトル係から始まり半年がたった頃には、担当のホステスさんをつけ役職をもらえる話まで。

でもね、やっぱり所詮は無理なんですよ。やっぱそれなりに腹くくらんと。

ここでは書けない汚いことも結構あったし。

僕自身の身の危険(言われへん、言われへん!)も1度あったし。

結局1年もたなかったな。

でもね、結構稼いでましたよ!まだ貯金もあったし!

だけど最終的に競馬で殆んど失いました。笑

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